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2012/05/03

ご無沙汰しています。

お正月以来の日記になりました。
アクセス分析を見たら来てくださった方がたくさんいらして・・
嬉しいやら有難いやら感激しています。
今日までを簡単に振り返りますと・・
・2月に猫のみよが入院、ダメかと思いましたが家に帰る事ができました。
・会社分割で県内の直営店が100%出資の子会社へ移行されることとなり、この歳(どの?) になって試験を受けて社員に登用されました。
・4月1日より社員としてのスタートです。責任が激重!になりました。残業、残業の日々です。

そして・・大きな大きな出来事がありました。猫のみよちゃんが腎不全で再び入院。
今回は悪くなる一方でした。まもなく17歳・・覚悟を決めないといけない時がきたんだ!頭ではわかっていても、気持ちは良くなることを考えていました。病院では死なせたくなかったので、その意思は伝えておきました。
入院3日目の3月30日の金曜日、病院から連絡があり・・「もうやれる事はなくなりました。迎えにきてお家に連れて帰ってあげてください」と。仕事を抜けさせてもらって迎えに行きました。もう息も絶え絶えかと思いきや、座っています。泣いています。えっ??なんで??数値が最悪で時間を追うごとに容態が悪くなると言われました。明日まで持たないとも。亡くなる時の様子と後の処置を聞きましたが実感はまったくありませんでした。新会社スタートの準備で、職場は混乱しています。みよを家に送ると職場に戻りました。「みよは大丈夫。大丈夫」と何度も自分に言い聞かせながら。夜遅くに家に帰ると昼間より、かなり辛そうな様子でした。何も食べないし飲まない。それでも病院では出なかったオシッコをいっぱい出しました。「みよは大丈夫。大丈夫」を心で家族で繰り返しました。金曜の夜はみよと寝ました。時折、ビクン!となるので私は眠ることはできませんでした。耳と鼻のあたりをずっと撫でていました。土曜日の朝は歩くことも立つこともできなくなっていました。病院から連れてくるように言われていたので行きましたが・・気休めの点滴のみ。みよの負担になるので、「もう連れて来なくていいですから。お家で見守ってあげてください」と言われました。
土曜の夜は長女が一緒に眠りました。長女は眠り込んだらしく・・立てない歩けないのに、夜中に気がついたら・・私と次女が眠る部屋でみよは寝ていました。不思議です。
日曜日、ほとんど眠っていましたが・・時折、立とうとします。手を添えて立たせると体全身で息をしないといけないほどの辛そうにしていました。亡くなるなら、このまま眠るように亡くなって欲しいと思いはじめました。夕方・・急に立とうとしてオシッコがでました。トイレに連れて行った時・・その時がきました。
痙攣を伴って大きく体をのけぞらせました。
長女が泣きながら抱いていたので・・
「もう亡くなるから!」毛布の上に横たわらせました。
苦しそうな声をあげて・・同じ事が3回。私達には長く長く感じましたが・・今、思うと1、2分のことだったと思います。「はやく逝っていいよ。もういいよ。」心で叫びながらも何の手出しもできません。大きく痙攣して動かなくなりました。
4月1日の夕方・・みよは永眠しました。
その死はとても荘厳なものでした。
すぐに眠っているような穏やかな顔に戻りました。
家族が揃う週末を家で過ごして、明日から社員としてスタートする私の事も、長女が保育士としての新学期が始まる事も全部、わかっていたかのように亡くなりました。
家族できれいに体を拭いて、可愛いベットを作ってあげました。
火葬までの3日間、皆で順番に一緒に眠っていました。

あれからひと月・・未だに大泣きはしていません。
居ない事の寂しさはジワジワと突然にやってきます。
仕事帰りの車の中、誰もいない休日。
もう一度会いたいな。
もう一度触れたいな。
17年も一緒にいたんですから・・仕方ないです。
今も皆で言っています。
みよ・・行ってきます。
みよ・・ただいま。
でもお帰りの合図はありません。

昨年、延期になった小田さんの東北ツアーが始まりました。
秋田、仙台、青森と終わりました。
岩手、福島、そして最後は横浜です。
月~金曜日は仕事、週末は東北に出かけています。
私は元気に走っています。

110113_125426みよちゃん、ありがとうね。楽しかったね。また会おうね。

 

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